蘇州情報
 ニットプラン&ポムスの製品はこんこんな古城(まち)でつくられています

―春爛漫―180421

今回の蘇州出張は到着日の気温が16度、帰国日の気温は31度とここ数日の日本と同様、寒暖の差が激しく

異常気象?でした。

そんな中でも草木は春爛漫、華やいでいました。







表題とは違いますが日本では見られない光景を。

バスターミナルのタクシー乗り場、地下1階にも関わらず夜の5時にならないと電灯を点けられないとかで

真っ暗、タクシーが来た時のライトの明かりだけが頼り。





どのような事情なのか???ですが、係員は暗闇の中で仕事をしていました。

こちらはカラオケボックスの様子。







日本では見たことが無い設備、長距離バスの待合室の一角に。

若い人が歌ってました。
 支払はもちろん携帯で。


―ウイグル料理の店で―180414

ウイグル料理の店で昼食。

いつもの麺料理を。冷たい麦酒が有ればと思いつつ。





店の内装が代わっていた。楽器、水差、皿、花瓶等、民族色溢れており、中国である事を忘れてしま










帰り際になぜアルコール類を出さないのか店長に聞いた。

宗教上飲食店では出さないと、酔っぱらって喧嘩等の騒ぎになるのを防ぐためとか。

店長はお酒を飲まないのか、聞いたところ、「良く飲むよ、大好き」と。


―七福神と八仙―180330

日本ではお馴染みの七福神、全国各地で七福神巡りも良く耳にする。

最近知ったことであるが全員日本人かと思っていた七福神、実は1.5人。

純粋な日本人は恵比寿だけ。

0,5人は大黒天。

インドヒンドゥー教シヴァ神の化身マハーカーラ神。日本古来の大国主命の習合。)

毘沙門天、弁財天、はインド人。

福禄寿、寿老人、布袋は中国人なのである。


<蘇州北塔の布袋>>

中国にも七福神と同様に中華社会のいかなる階層の人にも受け入れられ、信仰の厚い神に八仙(はっせん)

がある。



  

  

 

七福神と違い道教仙人として代表的な存在で実際にいた次の8人である。

この八人の仙人はその出身や特徴により、それぞれ老、若、男、女、富み、権力、貧乏、低い身分を代表しているそうだ。

蘇州の中心繁華街の石路に八仙像が有る。

誰が何を代表しているのか???

この八仙像をお参りしている人達を見かけたことは無い。

日本の七福神めぐりとは違うのかも???


―蘇州・春模様―180324

今週は蘇州市内近郊の春模様です。(写真は今年ではありません)



















干渉路、宝帯橋、虎丘山、他でのスナップです。

いよいよ春本番ですが蘇州の草花はあまり派手さはなく質素な感じです。


―虎丘山―180317

市内中心地から北西方向、バスで30~40分の所にある。

中国春秋時代呉の国の王闔閭(こうりょ)が越王との戦いに敗れこの地に埋葬されてから3日後、

その墓に白い虎が現れたことから 「虎丘」 となったという伝説があるようです。


(一方では “丘がうずくまっている虎のように見えるから ” という説もあるそうです)



「東洋のピサの斜塔」とも称されているこの塔の下に国王闔閭(こうりょ)が埋葬されており、

近年発掘調査を試みたところ、国王の祟りか、塔が倒れる可能性ありと、中止になったとか。
















たくさん見所のある虎丘山ですがこの時期、木々が芽吹き、色とりどりの花も咲き始めます。

―長距離バス待合室で―180303

バスターミナルの待合室で最近目にするのは電子機器関連の商品、設備。





床を動き回るオモチャは50元(約800円)。

ゲーム器械、カラオケボックス、身長計測器、等々。




バスを待つ間に楽しめるようにとのことなのだろうが、この日これらの機器で楽しんでいる姿は

見られなかった。


―ウイグル料理―180223

たびたび、登場のウイグル料理店。ウイグル料理は他にも有るのになぜか同じこの店に。




通訳のLさんがお気に入りの店、本人は子供の頃ウイグルに住んだことも有り

店の人とウイグル語で話しすることも有りすっかりお馴染みさんになっているからかも。




この日に食べた物もいつも同様だが美味しくいただいた。








ウイグル料理にはアルコール類は出ない。マスターに聞いたところ宗教の関係とのこと。

いつものことながらビールと一緒に食べられればと思いつつ。

(写真の料理をすべて食べたわけではありません)

―春節―180217

中国は昨日から春節。

年末には正月を迎える商品の代表として花火と爆竹があちらこちらで売られ轟くのが例年なのだが。









今年は様変わり、春節には付き物の爆竹が今年は全面禁止の様だ。




写真は爆竹の後

蘇州では出稼ぎの人達が故郷に帰り、人口が半分以下になるそうだ。

蘇州の町は静かな正月を迎えていることだろう。

(写真は以前のものです)


―バスターミナルもシエア自転車も―180210

―地下鉄、バス、タクシーと携帯電話―のテーマで先週掲載したが、今週も携帯電話の話。

春節を1週間後に控えた中国では各地で出稼ぎ労働者の人達が故郷への思いを募らせるか、一部の人達は

帰り始めているかもしれない。

故郷へ向かう最大の交通手段は「長距離バス」である。


蘇州にも南駅と北駅、2か所に大型バスターミナルがある。

ここでのバスのチケット購入方法が携帯電話を使う方式に代わっている。



従来はいくつもの窓口に長蛇の列をなすことが当たり前になっていたが

今年から様子が変わりそうだ。

携帯電話(スマートホーン)を使い自宅でも予約ができ、駅の無人械でチケットを受け取ることが

可能になっている。


写真は駅員が取扱い方を説明している様子。


日本でも新幹線等のチケットを携帯電話、PCで予約し駅の無人機で受け取ることができるようになっている

が中国ではなんでも携帯で出来るようにすさまじい勢いで拡大中だ。

シエア自転車もすごい勢いで拡大中のようだが蘇州市内のシエア自転車ターミナルを見ると心配になる。



こちらも携帯で料金を支払うと鍵が外れ利用できる。

利用した人は最寄りのターミナルに戻すのが当たり前だと思うのだが

ご覧のあり様。




利用者のマナーの問題なのか、運営側の段取りの問題なのか???


―地下鉄、バス、タクシー―180203

蘇州の交通網は飛躍的に発展しています。





地下鉄は7号線まで計画されていて4号線まで開通済み。

写真は4号線の様子、人影もまばらな郊外の駅もある、車両はピカピカ。

乗車賃は2元(約35円)、3元ですべて乗れる。

路線バスは数えきれないほどの路線が有り、日本と違って時刻表は無くひたすら待つだけ。

乗車賃は
1(17)2元、3元の路線が有るが2元が多い。


このバスの中を老人が飛ぶことが有る。急発進、急停車が当り前で日本のバスの親切丁寧さは皆無である。

スプリングが無いのでは思うくらい振動が激しい古いバスもあるが最近急激に電気バスが増えている。

タクシーも大きく変化している。


初乗り10(170)で流しのタクシーだけではなく、携帯電話で呼び出すことができるタクシーが

増えている。

この種のタクシーの最初は日産自動車のシーマだったが今では色々な車が対応している。

交通インフラの発展は目を見張るがそれ以上に進化しているのが携帯電話を使った決済システムだ。

タクシー代の支払いも携帯電話、(地下鉄は現在プリペード・カード、バスはカードと現金)コンビニでも

携帯で支払う人が圧倒的に多い。

日本でも同様の決済方法を導入し始めているが中国の方がはるかに進んでいるようだ。







長距離バスのチケット、駅構内のゲーム機器、マッサージチエアー等々




携帯電話で決済するようになっている。


―冬支度と迎春―180127


<寒山寺>

今回の出張期間は日本同様、厳しい寒さの1週間だった。

街路樹もすっかり葉を落とし、その幹の根元部分には漆喰のようなもので白く塗られ、冬支度??



日本でも冬になると防虫の為、樹木に藁が巻く作業があるようだがそれと同じ効果を狙ったものか?? 

郊外の木々も同様に塗られているのだがその作業たるや大変な労力だと想像する。

一方で早、ピンクの蕾も膨らみ始めている梅の木も目にすることができ、厳寒の中、元気を貰った。


春節は216日。出稼ぎの多くの人達はそろそろ故郷に思いを馳せるころだ。

春節と花火は付き物だったが、今年は打ち上げ花火も、爆竹も全面禁止とのこと。


この写真は数年前の年末に撮った写真、このお店も今年は違うものを売っていた。


―季節の果物―180120

苺と並んで巨大な果物(?)が並んでいたので思わずパチリ!



別の果物店を覗いてみたら有りました。何と言う名の果物か聞いてみたところ

日本では聞いたことも無い名前、この店には半分に切り分けて売っていた。




通訳のLさんによると独特の臭いが有るが甘く、美味しいと。

店先には豊富な果物が並んでいる。


















日本でもお馴染みの物から見かけないものまで。


竹のような長いものは「サトウキビ」、適当な長さに切り、皮をむいてしゃぶっている様子を見たこと有るが、今の小生の歯ではとても真似はできない。


―山塔街昔ながらの店―180113

市内有数の観光地「山塔街」。


近代的なお店が数多く進出出店し古都蘇州の色香が失われつつあると以前掲載したが、

そんな中、今でも昔ながらのお店も数多くある。

今回はそんな昔ながらの店の様子を写真で。















今年の春節(旧正月)は216日からでもう少しするとこの山塔街も観光客と共に地元の買い物客で

大いに賑わうに違いない。


―楓橋景区―180106



寒山寺の西隣、蘇州環城運河に挟まれた所が楓橋景区。


北京と浙江省の杭州を結ぶ大運河と蘇州環城運河の分岐点の場所。





25元(約400円)のチケットを買って正面から入ると左側が蘇州環城運河、大きな貨物船が行き来する。


右手が寒山寺。



静かな公園の趣だが多くの観光客で賑わっている。







「楓橋夜泊」でお馴染み、ご存じの方も多いと思います。

『楓橋夜泊

寒山寺は、中唐の詩人で政治家でもあった張継七言絶句「楓橋夜泊」によって広く知られている。

この詩は都落ちした旅人が、蘇州西郊の楓江にかけられた楓橋の辺りで船中に泊まった際、旅愁のために眠れぬまま

寒山寺の鐘の音を聞いたという様子を詠ったものである。

月落烏啼霜満天、  月(つき)落(お)ち烏(からす)啼(な)きて霜(しも)天(てん)に満(み)つ

江楓漁火対愁眠。  江楓(こうふう)漁火(ぎょか)愁眠(しゅうみん)に対(たい)す

姑蘇城外寒山寺、  姑蘇(こそ)城外(じょうがい)の寒山寺(かんざんじ)

夜半鐘聲到客船。  夜半(やはん)の鐘声(しょうせい)客船(かくせん)に到(いた)る

楓橋畔に建てられた張継の像

(意味)

月は西に落ちて闇のなかにカラスの鳴く声が聞こえ、厳しい霜の気配は天いっぱいに満ちている[5]

運河沿いに繁る楓と点々と灯る川のいさり火の光が、旅の愁いの浅い眠りにチラチラかすめる。

そのとき姑蘇[6]の町はずれの寒山寺から、

夜半を知らせる鐘の音が、私の乗る船にまで聞こえてきた。』

 (Wikipediaより)




先日の除夜の鐘はどんな響きだったのだろうか???


―寒山寺と除夜の鐘―171230

日本でもお馴染みの寒山寺。


今年は日本で大晦日を迎えるが以前蘇州で迎えたことが有る。(写真はその時の物)

市内中心地から北西にタクシーで15分位の所に有り、いつも大勢の観光客で賑わっている。


寒山寺の名の由来は風狂の人「寒山」がこの地で草庵を結んだという伝承にちなむとされる

境内には、非僧非俗の風狂の徒だったが「寒山」と「拾得」、二人の金色の像も祀られている。


宋代以後、彼らの生き方に憧れる禅僧文人によって格好の画題とされてきたとのことで中国国内だけでなく、日本でも美術館等で目にすることも有る。

『寒山寺では、毎年大晦日には除夜の鐘が鳴らされることになっており、その鐘の音を聴くと10歳若返ると言われており、

こんにちでは誰が撞き手の一番手となるかを
せりにかける行事が恒例となっている。

除夜の鐘を聞きながら新年を迎える行事は、1979に藤尾昭が発起人となって始まった[9]

以後、
12月31には日本ばかりでなく、韓国をはじめとする各国の観光客や中国人も大勢参加するようになった』

Wikipediaより)




<巨大な鐘>

小生も大晦日の除夜の鐘の音を聞こうと耳をそばだてていたが、いつの間にか眠ってしまい、

10歳若返ることができなかった。


―シエア自転車―171223

「シエア自転車」、蘇州では数年前から始まっている。日本でも話題に上り始めているが

ノウハウは中国からのようだ。


自動車、バスの脱ガソリン化もいち早く打ち出し、路線バスもすでに走り出しており、日本も中国から輸入して走り出すようである。

自動車業界では日本のメーカーが慌てて、後追いを始めている。

シエア自転車は足で漕いで乗る自転車のようだが、街中を走るバイクは殆どが電気バイクで

日本円にして
4~6万円位で売られている。(日本の自転車屋さんでは10万円~15万円位で売られている)


日本で爆音を轟かせて走り抜けるガソリンバイクも頂けないが、中国の電気バイクは殆ど音が出ないので
歩いている脇をサーと走り抜けられるのも肝を冷やす思いだ。

携帯電話をかざすと料金が引き落とされ鍵が開く、好きなところまで乗って近くのシエア自転車ステーションに戻す決まりのようだが、ここでも問題が。

決められたところに戻さないで適当なところに放置するために自転車の山になっている所も有るようだ。

電気自転車、バス、地下鉄、汽車に乗る時のマナーも、加えてアシエア自転車に乗るマナーも

身に付けてほしいものだ。

「バスの中を老人が飛ぶ!?」何のことか解りますか?

<<これらのことはすべての中国の人に言えることではなく、日本に来たことのある人達は日本のことが大好きになり
マナーも日本人に似てきます。>>

―またウイグル料理―171216

通訳のLさんはウイグル料理好き。お昼は何を食べる?と聞くとこの店をご指名。


というわけで今回もウイグル料理のご紹介、といってもいつも食べる物は似たようなもので代わり映えしないかも。

お店の全容がこちら、働いている人は全員ウイグル族の人達、ウイグル語が飛び交います。


まずお茶(黒茶)が出ます、ちなみにウイグル料理にはアルコール類は一切出ません。

(これが残念な事であるが・・・)


次に羊肉の串焼き、(この時に麦酒を飲みながらなら、さぞ美味しかろうといつも思うのだが)

Lさんはいつもも、たっぷり野菜と羊肉を炒めた具をのせた麺。


小生は焼きそば風麺、お店の人に辛いけど大丈夫ですか?と聞かれたがOKと。 

ところが唐辛子が山ほど入っていて辛いこと辛いこと!!





思わず万頭を頼むことに。(羊肉の餡であまり甘くはないが美味しい)



これでも全部で70元(約1200円)、店の人とも顔なじみだ。

近所にもナン、羊肉の串焼きを売っている店も。





その隣の店で奇妙な物を見かけた???





果物だと店主は言い、食べてみなさいと試食を勧められたが、

あまりにもきれいで加工食品の権化のような気がして断った。
(通訳のLさんも同感)


―曜変天目茶碗?Ⅱ―171209

骨董市で新品を売っている彼から是非日本にも紹介して欲しいと名刺も頂いた。






自分でも作陶するようだが他の人の作品も一緒に売っている。

一つで
600元(約1万円)の茶碗はケース入りだ。







以前同場所で面白いと思って買ったのが出来損ないの茶碗。



この様になるのはどうしてなのか???

出来損ないゆえに、面白く、毎日見える所に置いて眺めている。


―曜変天目茶碗?―171202

先週掲載した文廟(孔子廟)での骨董市、そこで目にしたのが今回の茶碗。




面白いものは無いかと巡回していたら、遠くから目に飛び込んできた。

骨董品ではなく新品とのこと。





新品を骨董市で売っている訳を聞いたところ、工房は福建省に有り、主にインターネットで

売っているのだが、蘇州、上海、北京でこのように人の集まる場所で実物を対面で販売しているとのこと。




じっくり手に取って見極め、買ったのがこの3点、総額130元(約2,200円)、値切ろうかとも思ったが

言い値で買ってしまった。それほど気に入ってしまった。




本物か、偽物かTVで話題になった曜変天目茶碗。

今回の茶碗は曜変天目かどうか判りませんが本物です。



―文廟と骨董市―171125

文廟とは孔子廟の事。





孔子を祀った大きな境内は静かな佇まいと言いたいところだが、多くの人々が集まる骨董市場でもある。


久しぶりに訪れたが10年以上前とは並んでいる骨董品が変わっているように思える。



書画、花瓶・茶碗等の焼物、玉、硯、墨等に加え、ウイグルの人達が出品する玉の原石や今作られている

筆等の商品も並んでいる。


骨董品と言っても00%は偽物とこの場所を管理する人が言っていたが、それを承知で数少ない本物を見極め、

値切り交渉することがここに来る人の楽しみでもある。


こんな珍しい場面にも出くわした。

老人が古い硯を買うのではなく、お店の人に売り込んでいた。

話を聞いてみると、郊外に住んでいる人らしく、家にあった古い硯を35元(約600円)で売ったとのこと、

35元で買ったものを200元、300元であの店は売るのだろう、俺は少しももうからない」とブツブツ言って

いた。

骨董市では売買が行われているのだと改めて知った。(これはイレギュラーなケースとは思うが)

本物と言えば本物を今回購入してきた。曜変天目茶碗である!!!???

詳細は次回に。



―蘇州でも―171117

古都蘇州には伝統的な産業が沢山有りますがその中の一つ、

手刺繍の技術を目の前で実演しながら作品を販売するお店。





獅子林の近くの商店街の一角で、多くの観光客が入っている。

一方、日本でもお馴染みのお店も。



ファミリ―マート(全家)の看板が市内のあちこちに見られる。

最近目にしたのがコーヒー店のスターバックス。


こちらも市内のあちらこちらで出展準備中を目にする。

つい最近まで、コーヒーよりお茶の文化と思いこんでいたが今の若者は日本と同様になっている。

朝食もお粥から食パンに代わってきているそうだ。

そういえば、出張のたび、朝食に粽子(ちまき)を買っていた屋台が今回いつもの場所に見ることが

できなかった。


―茶―171111

カシミヤのオーダーニットの工場へ打ち合わせに行った時にお茶を出された。

オーナーはお茶好きな方で「このお茶は体に良いから飲みなさい、美味しいでしょう」と勧めてくれる。

「美味しいですね」というと、「これをお土産に持って帰りなさい」とプレゼントされたのがこのお茶。






実は以前にもお茶をプレゼントして頂いたのがまだ飲みきれてない、こちらの茶。




いずれも黒茶である。他に白茶も頂いている、これも飲みきれてない。



ここで問題です。中国茶は何種類有るかご存知ですか?

作り方(発酵度合い)によって違うようですが、浅い方から緑茶、白茶、黄茶、青茶、紅茶、黒茶の

6
種類です。

それぞれの代表銘柄を上げていったら数えきれないくらいです。

黒茶は完成した茶葉に微生物を植え付け、発酵させたお茶で、長期保存ができる特徴が有り、年代物には

プレミヤが付き、ヴィンテージワインのように楽しまれてもいるそうです。



白茶は茶葉が芽吹いて白毛の取れないうちに採取し、発酵度が非常に浅い段階で自然乾燥させたお茶、

福建省で多く生産される。

頂いた黒茶を飲むための準備がこれまた大変、コンクリートのように固まっており、削るためにカンナ、

トンカチ、ハサミでトライしたがすべてダメ、

トンカチで叩くまではしないが、ノミで削ることでやっと粉末にしている状況。



これらの黒茶を飲みきるために何年かかることやら。


―行列のできる店―171104

蘇州には百年老店と称せられる、いわゆる老舗が多い、それらの店はいつも賑わっている。


今回、お昼に入ったお店は百年老店の看板こそ出していないが、行列のできるお店だった。

食券を買って席を探すのだが、空席無し。

すると多くの人が食べ終わりそうな人を目ざとく探し、その後ろに立って待つのである。



我々もそうしたのだが、食べているときに後ろに立たれると落ち着いて食べられない、せっかくの味わいも
半減である。


麺は今まで食べたことのある百年老店と同様に思えたが、具が抜群に美味しい。

豚の角煮、剥きエビ、穴子(?)等。





子供連れの家族が近くにいたので早々に食べ、次の目的地、に向かった。文廟(孔子廟)の近くの

お店です。


―上海蟹―171028

蘇州は上海蟹のシーズンである。



その蟹が沢山収穫できる有名な所の一つが「陽澄湖」市内から車で30~40分北方向に走ると大きな湖()

見えてくる。



写真は高速バスの窓越しの為、風情が伝わらないが、隣接するパーキングエリアに降り立ってみると広大さとともにその風情が伝わってくる。

今年は豊漁で昨年より2~3割安いそうで、一斤(500g) 25元~45元(約425円~765円)。




山塔街でも専門店だけでなく野菜を売る店、雑貨を売る店の軒先でも売られていた。




今回の出張では<上海蟹族>の姿を見かけることも無く、小生も食する機会が無かった。

(蟹味噌部分は美味しいと思うが、その他は殆ど身が無く、しゃぶるだけ。あまりおいしいと思って
食べたことが無い・・・・・負け惜しみ)

現地の人達の食べ方は見事で、細かくかみ砕かれ足等は甲羅の上に山となります。



―遠い蘇州でも―171021

18日から北京では第19回全人代が開かれている。

図らずも同日上海浦東空港経由蘇州に入ったが従来に増してチェック体制が厳しい。

空港から長距離バスに乗るための切符を買う時、荷物検査時、バスに乗りこむ時、その都度パスポートの

提示を求められる。


翌日からの蘇州市内でも同様で、郊外に出かける長距離バスの切符を買う時も同様。


地下鉄に乗る時もパスポートの提示こそ求められないが荷物の検査は必須。

各所で公安員(警察官)も2~3倍の数だ。

北京から遠く離れたこの地で行われている警備体制は中国全土でも同様のようで、公安員(警察官)は

大忙しの様子。辛苦了!辛苦了!




石路の広場では花を飾って第19回の全人代をお祝いしています。

中国ではペットボトルの飲料水が必需品だが、地下鉄での検査時にバックに入れていると、検査に引っかかり、それを飲まなければならない。

暑い夏ならまだしも、今時はそれほど飲みたくないが仕方なく飲む羽目に。

貴重な水、最近はがぶりと飲まず、口を濡らす程度にしています。

―山塔街―171013




江南水郷の古都の風情を今なお残し、蘇州を代表する観光地「山塔街」

連日多くの国内外の観光客で賑わっている。

風情は残っているものの、お店に並ぶ商品は大きく変わっている。







覗いてみると商品から古都、古城の風情は全くなく、おもちゃ屋さんを覗いている様。









商売をする立場からは風情どころではないのかも知れないが残念に思うのは小生だけではないと思うが。



今蘇州では上海蟹のシーズン。

日本からも上海蟹族(この時期、用事を作って上海方面に出張する輩?)が繰り出す時期。



小生も来週出かけるが、上海蟹が目当てではありません。


―拙政園―171006

 

拙政園は中国四大名園の一つ。

 

中国四大名園(ちゅうごくしだいめいえん)とは、中国にある次の四つの歴史を有する庭園で、

いずれも世界遺産に登録されている。

北京の頤和園、承徳の避暑山荘2つは北方の皇家園林(中国皇帝所有の庭園)

蘇州の拙政園、 蘇州の留園2つは江南私家園林(中国の貴族・高位官僚や富裕な商人・地主所有の庭園)

で蘇州古典園林として一括で世界遺産に指定されている。
』(Wikipediaより)

日本からの上海、蘇州のツアー客の定番でもある拙政園はいつ行っても、多くの観光客で賑わっている。

今回はその中で見ることのできる盆栽の数々を。



 

 

 

 

日本の盆栽も、海外から多くのファンの人達が来ているとTV等で報道されて

いるが、ここ拙政園の盆栽も名品が数多くあるように思えるのだが???

(中には手入れの悪いのも??)


―水郷古鎮・同里―170930

蘇州市内から南に約30Kmに、明、清時代の面影を今に残す。








以前はバスで1時間以上掛かったが、今は地下鉄とバスで40分位?



世界文化遺産の「退思園」もここにある。

日本でもお馴染の名前の店も。





じっくり見て回ると一日掛かるかも。

先程の店ではなく、庶民的な麺の店で昼食。





目の前で麺を茹でています。


本日は同里のごくごく一部だけの紹介です。



―仲秋節―170922

今年の中国の仲秋節は104日、国慶節と重なり8連休となる。

日本でも15夜お月さんを虫の音ともに愛でるのは趣のあるものである。

今の蘇州は空気もきれいになり日本と同様のお月様を見ることができる。





仲秋節と言えば「月餅」。

一時中国ではこの月餅が贈り物に使われ、大小、様々な大きさの物が売られていた。

一説によると、それらの月餅を買戻しするところが有り、大きさにより

高額で買い戻されたという。



日本の悪代官への越後屋の饅頭のように贈りものとして中国の役人等へ

行われ、月餅屋は大いに儲けたとか。



小生の所へもハガキと共に送られてきたことが有るが、箱の底を見ても何も有りませんでした。



―孫子の兵法生誕の地―170916

最近NHK、過去の大河ドラマ「風林火山」をパソコンで見ている。

一か月の放送分
(4回分)を一日で見ることも。

そこで思い出したのが孫子の兵法生誕の地。


蘇州市街、西の郊外にこの地は有る。

今では地下鉄バスと乗り継いで一時間半くらいで到達。





入口から遊歩道を歩くと3時間位掛かる。(車で近くまで行くこともできる)



過って乾隆帝も訪れたことも有り記念碑も建っている。





眺望も素晴らしく遠く「太湖」が見えるところもある。








今度訪れる時は残念ながら車で近くまで行くことになりそうである。


―蘇州刺繍―170908

今回ご紹介するのはネクタイ刺繍。



蘇州を代表する産業の一つである。



今でこそ少なくなったようだが、日本の着物帯、和風バックなど蘇州郊外の鎮(村)で作られたものが

日本に輸出されていた。



写真だけを頼りに縫い上げる技術はまさに芸術品。



完成されたネクタイは東京銀座の中心に本店がある著名店で販売された。




―談 宋旺―170902



蘇州を代表するが画家「談宋旺=タン・ツォン・オン」にあったのは10年以上前に寒山寺のお土産店街の

一角であった。



店先で描きながら作品を売っている小さな画廊であったが今や蘇州政府に来た要人のお土産に手渡される

絵として採用されている。





画廊も蘇州政府の施設に移り描いている。

今や気軽に会える立場ではないのかも知れないが電話をすると気軽に会って貰える。
















画集も出版されているが今回は製作現場の様子と絵をどうぞ。


―新蘇古城水上遊び―170826

猛暑がまだまだ続いていますが、今回は水上からの蘇州の風景。          
 (今年ではありません)


蘇州は水の都、古都蘇州城はお濠で四方を囲み、外敵の侵入を防ぐために東西南北にのみ門を設け、

他は城壁で囲んでいた。









観光船は近代的なビル群と往時を偲ぶ古跡とを、交互に眺めながら約一時間でお濠の半分を走る。


船上は涼しい風を期待したが、湿気が多く、思いの他今一。


それをカバーしてくれる船上からの眺めではあったが。


―豚足の美味しい店―170818

暑い夏も後半に入り、もうすぐ秋。

この店の名物は豚足。



乾隆帝がお忍びで郊外を歩いていた時、突然の雨、近くの農家の軒下で雨宿りをしていたときに

いい匂いが漂っていた。

昼時でもありお腹がすいていた乾隆帝は思わず声を掛けた所、

貧乏な農家の料理、こんな物しかお出しできませんと豚足を供した。

これは美味しいと、この料理を出すお店をやりなさいとお店の看板を書いてあげた。



これがこの店のルーツとのこと。

コラーゲンたっぷりの豚足はやや甘めで一人では食べきれないほど。

海老チリ、サラダ、炒飯、共に美味しいが特にお勧めはキノコたっぷりのスープ。








今度行った時に必ず食べたい料理の一つです。


―珍珠城―170811

市内から地下鉄とバスで約1時間の所にある。


淡水真珠(珍珠)を中心に宝飾品の専門店が数えきれないほど並んでいる。


以前は近隣の湖沼の近くに路面店として古い建物で軒を連ねていたが


こちらの近代的な建物に移って10年位(?)経つだろうか・

手ごろな値段(80元=約1250円)の珍珠製品が並んでいる。


以前同行した日本の方が奥様にお土産、予算は10万円位と言ったところ

奥の部屋に案内され、金庫の中から大粒の珍珠を出してきたことを思い出す。

素人には良し悪しを見分けるのは難しいと思うのだが、中国での買い物は

値切って、値切って買うことをお奨め。(大概のお店では値切られることを想定した値段が表示されているように思われます)

珍珠城の近くには地方からの買い出し客用のホテル、レストランも併設されている。




写真の商材はどんな料理になるのやら???


8月の蘇州―170804

通訳のLさんに電話できいたところによると35度以上の猛暑日が続いているようだ。


こんな時期、市内のあちらこちらで見かけるのがハスの実を売る露店。


ハスの実以外に、菱の実、ミカン、鮮やかな色をした名前が不詳の果物?




いずれも食べたことは無いのでどんな味やら???



―知足歌―170729


蘇州市内の繁華街、石路の一角に「神仙廟」が有る。中に入ると今回の「知足歌」が掲げられている。



人生儘有福,人苦不知足。思量事累苦,閒靜便是福。
思量患難苦,平安便是福。思量疾厄苦,康健便是福。
思量死亡苦,在生便是福。思量飢寒若,飽暖便是福。
思量挑擔苦,步行便是福。思量孤獨苦,有妻便是福。
思量奔馳苦,居家便是福。思量罪人苦,無犯便是福。
思量下愚苦,明理便是福。思量露宿苦,有屋便是福。
思量日曬苦,陰涼便是福。思量無被苦,有蓋便是福。

これは一部であり、正確な意味は分からないが自己流に勝手に

・人生は苦しみを感じることなく、あるがままに生きることが幸せである

・人生不足を嘆かず足りていると思えば幸せである。

と思っている。(ご存じの方がいらっしゃいましたら教えてください)

調べてみたら

『「老子33章の「足るを知る者は富む」から》みずからの分 (ぶん) をわきまえて、それ以上のものを求めないこと。

分相応のところで満足すること。』

と出ていたが関連は解らない。





露店で買って食べる食事も、満足!満足!


―季節の果物―170722

「知足歌」の予定を変えて。



蘇州市内からバスで約1時間半、北に走ると張家港市に着く。

『張家港市は、過去に「国家衛生都市」、「全国環境保護模範都市」、「全国文化先進県(市)」、「全国計画出産優質服務示範都市」、「全国双擁模範都市」を獲得し、市内にある全ての鎮は全て「国家衛生鎮」となっている。』(Wikipedia)より

何処となく、何となくなく、全体がきれいに感じられる街。


郊外の鎮(鳳凰鎮)の名産が今日の主役「桃」。



オーダーニットの工場をこの時期訪れるとご馳走になる。

皮は手でスイスイ剥けて、一口かぶりつくと果汁の甘さが口いっぱいに広がる。


持って帰れと一箱お土産に頂いたが日本まで持ち帰れないのが残念。


見た目もきれいな桃。さすが国家衛生鎮産。


―八仙の一人・呂洞賓(りょどんひん)―170715

八仙(はっせん)は道教仙人のなかでも代表的な存在であり、中華社会のいかなる階層の人にも

受け入れられ、信仰は厚い。日本における
七福神のようなもの』(Wikipediaより)


蘇州市内の繁華街、石路の一角に「神仙廟」が有る。





ここに祀られているのは八仙の一人「呂洞賓」。


『出世を目指し、科挙を二回受けたが、落第してしまう。長安の酒場にて、雲房と名乗る一人の道士(鍾離権)に出逢い、修行の誘いを受けるが、出世の夢が捨て切れず、これを断った。

鍾離権が黄粱を炊いている間、呂洞賓はうたた寝をし、夢を見る。科挙に及第、出世し、良家の娘と結婚し、たくさんの子供をもうけた。そうして40年が過ぎるが、ある時重罪に問われてしまい、家財を没収され、家族は離れ離れとなり、左遷されてしまう。

そこで目が覚めるが、まだ黄粱は炊けていなかった。俗世の儚さを悟り、鍾離権に弟子入りを求めると、十の試練を課されることとなる。これを見事こなした呂洞賓は、晴れて鍾離権の弟子となり、しばし修行した後、仙人となった。』(Wikipediaより)


(八仙群像の左端)

三国時代の武将である関羽と肩を並べるほどの人気があり、主神として祭る廟も多い。

ここもその一つなのであろう。

この廟内に「知足歌」が掲示されているがこれについては次回に。


―この日もここで昼食―170708

蘇州出張時の昼食の定番、ウイグル料理。

この店は蘇州市内の繁華街「石路」の一角に有り、すぐ前に八仙の大きな群像がある。



ウイグル料理の店にもいろいろあり、正統派の店はウイグル族の人が経営し

飲み物にアルコール系は出ない。お茶(黒茶)だけ。



漢族のお客も来るがウイグル族の人が多い、当然、ウイグル語が飛び交う。

この日は炒飯、麺、羊肉の串焼き(写真なし)。



冷えた麦酒が有ればと内心思いつつ、ご馳走様。


―北塔報恩寺―170701

一時閉鎖されていたが地下鉄4号線の開通と共に再開された。


地下鉄4号線の北寺塔駅を地上に出ると76mの塔が目に飛び込んでくる。

この寺は三国志時代の呉の国王「孫権」が母親を供養するために建てたと言われる。



中に入る前に外周を散策するといつの時代の物か古い井戸がある、今も使われているようだ。





中に入ると静かな佇まい、修行僧、四天王像??(名前をご存知の方、教えてください)、

観音像が印象に残った。








この日は青空が広がり空気もきれい(?)。


―同里―170624

地下鉄4号線南の終点が同里駅、バスに乗り換え10分ほどで着く。



以前は蘇州北駅(バスターミナル)から直行バスで1時間位掛かっていた。

蘇州中心地から南東に25km。明清時代の色香を今に残す水郷古鎮。













世界文化遺産の古典庭園「退思園」もある。


今回は閉園時間が迫っていたことも有り中に入らず(入園料は80元=約1200円)

外側で雰囲気を味わっただけ。
次の機会にじっくり。



―孫子記念園―170617

地下鉄4号線、蘇州駅から北に2つ先に孫子記念園駅がある。





孫子の兵法でお馴染みの孫子(孫武)を祀った公園。






孫子を祀った公園は蘇州市の西方郊外にもありバス停からハイキングコースになっており2時間位かかるが

ここは駅を降りると
10分位で着く。









地下鉄4号線の開通に合わせたように4月にオープンしたばかりで観光客も少なく地元の人がのんびりと

散策していた。



―粽子―170610

粽子(ツォンズ)とは?  「ちまき=粽」のこと。

地下鉄2号線・山塔街の駅を地上に出ると目前に市場がある。





入口の傍らでおばあちゃんが粽子を作っている。

出来上がった粽は屋台で買って朝食時に良く食べているが作っている様子は初めて。




味付けしたもち米、煮込んだ豚肉、笹の葉にそれらを入れて、糸で巻いて出来上がり。

手際の良さに思わず見とれてしまった。





これを蒸篭で蒸し上げる。

横浜中華街に店舗を構えない名店があると聞くがこのおばあちゃんが日本で売れば必ず売れるのでは。

子供の頃、お袋が作ってくれた「ちまき」を思い出した。


―同里天元文化苑―170603

地下鉄4号線は蘇州市内をほぼ南北に開通、その南の終点が同里。

清時代の古蘇の面影を今に残す観光地で、地下鉄を降り10分位バスに乗ると着く。





この日、閉園時間が迫っていたため古鎮に入ることなく帰ろうとしたときに天元の文字が目に入り

「同里天元文化苑」に入る。(入場料は無料)

目に飛び込んできたのは庭一面が碁盤になっており、対局が始まったばかりの黒白の布石、中国で有名な

プロの対局の一場面とのこと。



中に入ると対局中の像や絵が飾られている、一番奥に見える建物で現在も対局が行われるそうだ。



 



日本では中学生棋士の連勝で話題になっているが写真のサインはここで対局した有名人の物だそうだ。



係りの人に「これらのサインにはなぜ日付が無いのですか?」と聞くと困ったように「今度から書いてもらうように話してみます」と。

この女性、小生が日本人と分かると、日本語勉強していますと最後に「さようなら」と見送ってくれた。

 

            将棋・囲碁の世界で人間がIT棋士に負けているようだがここでの対局は?



5月の蘇州―170520

5月の蘇州は夏の日差しです。


地元の人が多く住む山塔街のお店には日本では見慣れない果物、野菜類も豊富に売られています。

今週はそれらの写真を時価と2回に分けてお届けします。ご覧ください。











安くて新鮮です。



―蘇州刺繡博物館―170513




報恩寺のすぐ近く、歩いていける距離に刺繡博物館は有る。

ここも以前訪れた時は観光客の姿は無く何やら工事中、取り壊されるのかと心配していたがこちらもきれいにリニューアルされていた。





蘇州を代表する産業の一つ、絹織物、市内ではないが中国で一番豊かな「鎮=村」と言われる盛澤鎮(せいたくちん)鎮(むら)というよりは立派な都市も有り、シルクに関する工場、お店で成り立っている。

蘇州郊外には、おばあちゃんから子供まで(学校から帰るとすぐに)機織機に向かい日本向けの着物の帯を織っていた鎮が有ったが今は・・・・・?












すっかりきれいになった博物館、この日は観光客も殆どなくじっくり見る事が出来た。







桑の木や,蚕を育てる様子の変遷を画像、模型を見ながら子供のころ日本で見かけたのと同じだと

懐かしく思い出した



―報恩寺・北塔―170506

前回訪れた時、閉鎖されていた。


どうしたのだろうと気になっていたので今回訪ねたところ、地下鉄工事の為一時的に拝観を中止していたようである。





閉館時間30分前だったため、入場券売り場は閉まっており、ダメもとで入口の管理人さんに入って良いか

尋ねると「可以=いいよ」と。



この寺の名前は「報恩寺」。                      

三国時代の呉の初代皇帝孫権
が母の恩に報いる為に建てたと言われる。

この境内の中にひときわ高い建物が北塔。歴史的建物の中では蘇州で一番高く、マンションの上層階から

見るとすぐわかる。


遅い時間だった為、観光客も少なく慌ただしくも静かに拝観できた。

出る時に「謝謝!」と声をかけると。「没謝=どういたしまして」と声が返ってきた。


―露店で朝食―170429

毎日同じ場所に同じ店がオープンする。

出勤途中の人が買って行く(近所の人もいる??)

小生はコンビニで買っての朝食が多いが時には粽を買って食べる。

これが美味しい。

近づいて行くのが分かるとすぐに用意してくれる、お馴染みの店である。


他の店の物も美味しそうに見えるが買って食べたことは無い。






日本で子供の頃、食べたことのある物に似ている様だが・・・。




―電気自転車―170422

一昔前の中国の通勤風景といったら自転車の洪水が思い出されますが、今日では電気自転車の洪水です。



PM2.5等の環境対策を打ち出している中政府はガソリン車からHV車を経ることなく一気に電気自動車化を

打ち出しており、路線バスの
3割位は電気バスが走っています。

自転車の世界では、ほぼ100%電気自転車が走っており、自転車というより電気バイクと言った方が

良いかもしれません。

(日本のバイクのようにガソリンエンジンの音を響かせて乗るのはマニアの一部でしかないようです)





市内繁華街の一角に電気バイクの販売店があります。5階建てのビルすべてに電気バイクが所狭しと、
並べられています。

日本のメーカーはと探したら2社ほど出ていました。





価格は1,699元(約27,000円)、2,680元(約42,000円)と表示されていた。



日本で売られている自転車の価格は10万円前後(が主流?)と比較するとやすいように思われますが??


中国の交通ルールは日本と反対、「車は右、人は左」

中国に行った時に一番注意をしなければならないのは横断歩道の信号が青でも気を付けて渡らなければならない、日本のように車は横断歩道の前で、止まることは無い!という事。


右折する車は歩行者を優先させることなく隙あらば早く右折して行きたい様子。


青信号を進む歩行者が右折する車に気を使いながら歩く羽目になるのである。



―中国の犬も―170415

日本では良く見かける光景、ワンちゃんに防寒・防雨衣装を着けて散歩する光景。

最近中国でも見かけるようになりました。


仕事での一コマ。

ペット用品を企画販売する会社のオファーは「価格もさることながらワンちゃんが喜ぶ衣装を提案して

下さい」というものでした。

その時思ったことは

(ワンちゃんたちはこれらの衣装を着せてもらって、本当に喜んでいるのだろうか? 

何も付けて無い方が自由で良いのでは???)





商談はうまくいきませんでした。

中国も日本と同じで高齢化が進んでいます。

一人っ子が親元を離れていった後は、ワンちゃん達にその思いを続けているのかも知れませんね。



―忠王府―170408

蘇州で最も有名な観光施設「拙政園」に隣接して忠王府は有る。

拙政園の入場券で見ることができる。



太平天国の乱(清の時代)で蘇州の本部となっていたのが忠王府です。

質素な建物の回りには春を迎える草花が静かに咲いていました。









この建物の一角に飾られている1枚の絵。



画題は「晩婚」。

なんとも微笑ましい絵だと思いますが・・・・。



―蘇州バス事情―170401





蘇州では地下鉄1、2号線が開通、347号線が建設中、9号線まで計画されている。


それでも庶民の足はまだまだバス。

10路線のバスがとまるバス停も珍しくない。





沢山のバスがとまるバス停では、日本では絶対に見られないだろう光景に出くわす。

1.バス停に留まってバスを待つのではなく、続けてきた自分が乗るバス目掛けて移動する。

そのバスに乗ろうと思って所定の位置で待っているとバスは止まることなく行ってしまうことが多い。

われ先にと入口に突進する。

2.乗客が並んで乗り込むことはまずない。

今回、小学生くらいの子供達10~15人位が押し合い圧し合い乗り込むところを見たが、

学校で整列乗車なんて教えられたことも無いのだろう。

3.バスの中で老人が飛ぶ!!

殆どの路線バスの運転手は???

急停車、急発進は当たり前、時には隣の車と先を争って鍔迫り合いなんてことも。

従って老人が飛ぶことになる。

やっとの思いで目指すバスに乗ったと思ったら急発進!!

目的地について立ち上がれば急停止!!

小生もあそこの席が空いている、座ろうと思ったら隣の席だったなんてことも。



日本の路線バス停の一場面を思い出す。

『バスが近づいてくるのを見かけたご年配の女性が小走りにバス停に向かうと「走らなくていいですよ」と運転手がマイクで声をかけていた』

中国では「おつかまりください、発車します」なんて言葉は聞いたことが無い。

がしかし、今回蘇州で乗った路線バスの30%くらいが電気バスに代わっていた。

PM2.5対策の一環としてガソリン車からハイブリッド車を経ることなく、電気自動車に代える国の方針は本物のようだ。

バスとともに運転手のマナーも一緒に代わるといいのだが。

そんなバスに乗って行って食べた昼食がこちら。



辣麺(ラーメンでなく辣油麺)と小籠包、百年老店にて。



―果物、お菓子の店―170325



3月に蘇州で売られている果物、お菓子。



色鮮やかです。






残念ながらこれらの店で買って食べたことは有りません。

今回も昼食はウイグル料理の店で。











小生の好みというより通訳Lさんの足が自然に向いてしまうお店です。

(Lさんは漢人ですがウイグル・カシュガル生まれの為か??)


―3月の蘇州―170320

3月の蘇州は朝、晩寒さを感じるものの、日中はもうすぐ春の気配です。



街のあちこちに花が咲いています。









早咲きの桜も咲いていますが日本と違ってまとまって咲いている木が少ない為寂しい気がします。

他の花々も一般に淡い色が多く蘇州人の奥ゆかしさを象徴しているのか??

そんな中、すみれの花は色鮮やかに咲き誇っています。





空の色も日本の空には遠く及ばないもののきれいになってきているように思います。

今年の春節の恒例の花火は全面禁止されたそうです。(上海、北京も同様とのこと)

夕日がきれいに見えました。




―呉越同舟―170211

中国春秋時代の軍事思想家孫武が著した「孫子の兵法・九地編」に出てくる、「呉越同舟」。

長年敵対している呉国と越国の人が同じ舟で河を渡ろうとしている時に、嵐や台風に遭って遭難しそうになれば、普段は敵対し、憎しみ合っていたとして

も、まるで左右の手の如く協力して難を逃れようとするものだと説いた。

呉は今の蘇州、越は現在の浙江省紹興市。蘇州からバスで3時間位南方にある紹興市は日本でもお馴染みの紹興酒の本家本元。

中国では日本酒のような酒は「白酒」、紹興酒のようなお酒は「黄酒」と言われているが、最近、紹興市以外で作られた「黄酒」に『紹興酒』の名前を使わせないといったブランド化の話が出ているとか。

写真は蘇州市内産の紹興酒を売っているお店、、今も紹興酒として売っているのか??

おばさんは写真を取っても良いかと声をかけたら

慌てて隠れようとしているところ。

また紹興市は粽子(ソンズ)と言って日本の中華街等で売られている「ちまき」が有名です。(粽=ちまきは中国各地にあるようですが)


紹興市での昼食

蘇州でも露店で売られておりその店の夫婦とは顔なじみ、遠くから指2本出して近寄って行くと、2個の粽子(ソンズ)を食べやすいように笹の葉を取って

用意してくれる。ちなみに1個3元(約50円)。



―臥薪嘗胆と霊厳山―170304

紀元前6世紀末(中国春秋時代)呉の国(現在の蘇州)と越の国は父祖以来の因縁の宿敵同士で、その攻防戦は38年に及んだとされる。

「呉王闔閭は先年攻撃を受けた復讐として越に侵攻したが敗れて自らも負傷し、まもなくその傷がもとで病死した。闔閭は後継者の夫差に「必ず仇を取るように」と言い残し、夫差は「三年以内に必ず」と答えた。夫差はその言葉通り国の軍備を充実させ、自らは薪の上で寝ることの痛みでその屈辱を思い出した(臥薪、この記述は『史記』には存在せず、『十八史略』で付け加わっている)。

まもなく夫差は越に攻め込み、越王勾践の軍を破った。勾践は部下の進言に従って降伏した。勾践は夫差の馬小屋の番人にされるなど苦労を重ねたが、許されて越に帰国した後も民衆と共に富国強兵に励み、その一方で苦い胆(きも)を嘗(な)めることで屈辱を忘れないようにした(嘗胆)。」(Wikipedia)より)

その後「嘗胆」、勾践は復讐を果たし呉の国は7代で滅ぶ。

その策謀として献上した美女たちの中に、西施がいた。

貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されたといわれている。

彼女が川で洗濯をする姿に見とれて魚達は泳ぐのを忘れてしまったと言われ、「沈魚美人」と呼ばれる所以である。

策略は見事にはまり、夫差は彼女に夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。

この西施が住んだところが今回の霊厳山景区。

頂上には霊厳山寺がある。






市内から地下鉄とバスで約1時間、散歩、ミニ・ハイキングコースとして多くの人で賑わっている。


蘇州評弾博物館―170225

蘇州古城の面影を色濃く残す「平江街区」、多くの観光客が行き来する通りを少し入ったところにこの博物館は有る。

『評弾は、基本的には男女二人の掛け合いによる弾き語りです。その内容は民間伝承ですが、すべてを演じるには何時間も、時には何日もかかるので、梅竹書場

品芳茶室などの優雅な造りの寛げる茶館で上演するのが慣わしとなっています。

評弾は、蘇州方言で「評話:語る」と「弾詞:歌う」を組み合わせてできた言葉です。

評弾はその来歴にふさわしく、伝統楽器の伴奏にあわせて、呉の言葉すなわち蘇州方言で演じられます。通常は女性が琵琶を、男性が三胡を奏でます。その音色は甘美で、謡を一層華やかなものにします。』(蘇州市観光局HPより)

何を言っているかは解らないが浪曲と三味線漫談を思わせる軽妙な伝統楽器の音色と声色は思わず引き込まれる。


観光客は少なく、どちらかというと地元の老人達がお茶を飲みながら公演を楽しんでいる。







出演者を出迎える様子やお茶を入れる係の娘が柱の陰から講演の様子を覗いている銅像が微笑ましい。



―崑曲博物館―170218

元から明の時代、崑山(現在の蘇州市の東部)一帯で流行した中国の古典的な舞台演劇である

戯曲の一つで、独特の歌い方、声、楽曲の演奏法は今日の京劇の基になったともいわれる崑曲。

2009年ユネスコにより世界無形文化遺産に登録された。

この博物館は外国人、特に欧米人の観光客を目にする平行歴史街区の一角に有る。

入場料は無料。

入口を入ると足の無い一本の木で彫刻された人物像が迎えてくれる。

その迫力にまず圧倒される。

衣装の展示、写真、本物の舞台も現存、時には奥の部屋から修行中(?)の声も聞くことができる。








ここもまた必見の博物館である。



―博物館―170211

蘇州市内には15の博物館が有る。(今は増えているかも?)

最も有名な博物館が「蘇州博物館」



入場料は無料でいつも多くの人で賑わっている。

2006106日に蘇州博物館の新館がオープン、新館設計は、蘇州出身の世界的に有名な建築大家貝律銘。

(日本でも魅力ある美術館として名高い
MIHO美術館の設計に携わった)

昔の蘇州美術館に行ったことが有る。お土産品の販売所に飾ってあった「墨」が風化してボロボロだった

ことが記憶にある。


現在の美術館は

『虎丘雲岩寺塔と瑞光寺塔(北寺塔)内から発見された五代から北宋年間の宝物が「呉塔国宝」の第1、第2室に展示。「呉地遺珍」には、新石器時代の良渚文化の玉器,陶器から、春秋時代の青銅器、六朝、五代期の陶磁器、元明時代の古墓副葬品などが展示され、呉の地の歴史文化の流れが概観できる。』

(蘇州有情よりhttp://www.sy-tour.net/szinfo/museum/sz_museum.html



すぐ隣は拙政園、獅子林も近くにある。蘇州に行ったら必見の場所である。



―百年老店―170204

蘇州で良くお昼を食べに入るお店。

麺と小籠包で充分お腹いっぱいになる。

薄味のスープで日本のそばに近い麺。具はこの時は剥き海老。

小籠包は噛むとスープが口いっぱいに広がる。

これで30元(450円)位だったか?

この店以外にも百年老店(いわゆる老舗のことのようだが)の看板を掲げた店はたくさんあるが

安くて庶民的なこの店はいつも大勢のお客で席を取るのが難しいほど。

出張のたびに必ずと言って良いほど行く店である。

もちろん美味しいです。



―天目茶碗―170128

『天目茶碗(てんもくぢゃわん)とは、天目釉と呼ばれる鉄釉をかけて焼かれた陶器製の茶碗のこと。』


 昨年1220日放送の「開運!なんでも鑑定団」で、鑑定士の中嶋誠之助氏が「曜変天目茶碗」と断定、

評価額は
2500万円、国宝になっていたかもしれない大明品と絶賛した「天目茶碗」。

テレビ東京は放送の前に公式ウェブサイトで「番組始まって以来 最大の発見」と告知し国内主要メディア

も「ニュース記事」として報じた。

これに対し、異議を唱える方々も居り、真贋論争が起こっている。

曜変天目茶碗は天目茶碗のうち、最上級のものとされ、世界に3点しかなく、全て日本にあり国宝に指定

されている。

4つめが発見されたというわけだ。



小生も天目茶碗を持っている。

曜変天目には遥か遠く及ばないものの少なからず気に行って時に眺めている。

篤とご覧ください。

この天目茶碗は文廟(孔子廟)の敷地で毎週末開かれる骨董市で買ったもの。

(いくらで買ったかは忘れましたが多分
2~30元(300~00円)。







何でも鑑定団に出したらいくらの値段が付く???


でき損ないゆえに可愛さもある。



―春節―170121

 

写真は雪景色の蘇州

『中国人の1年のうちで最も盛大な祝日が春節。             
生活儀礼を非常に重んじる蘇州では春節の礼儀も盛大に行なわれる。    

師走の20日頃には各家庭では大掃除し庭戸もきれいにする。24日の「送灶」(かまどの神様を天上に送る)を機に新年祝いの幕が開く。

師走の24日はかまどの神様が一家の一年間の良し悪しを天に昇って玉皇大帝に報告する期日であるので、どの家も一家の来年の太平と無事を願い、ご馳走を用意して献上する。

「送灶」の後、どの家も正月用の品物を買うのに忙しくなる。大晦日の夜に「接灶」する。(かまどの神様を家に迎える)

 

  

家の入り口や窓に春聯(対句)を貼る他、家の中に桃花樢木刻年画を貼り、来年の福運を祈る。大晦日の夜には、肉円、卵ギョウザなどを食べる。

 

肉円は一家団欒を象徴する物で、卵ギョウザは色が黄色く外見が元宝のように見えるので、お金を儲けるにつながる意味がある。正月1日の朝に家を出て3回爆竹を鳴らす、これは「開門爆竹」と言われる。』

 

蘇州市観光局観光ガイドブックには以上のように記されているが10年以上前の様子に思える。

今年の大晦日は127日、春節は28日だ。

寒山寺の除夜の鐘(鳴るのか??)新年に代わると同時に打ち鳴らされる「爆竹」は、今年も鳴らされるのか??

写真はいずれも数年前のものです。

市場の様子は山塔街の近くの旧市場の様子です、今は近代的な市場になっています。

―三国志と蘇州―170114

 三国時代(220年~280年)は、この世に一人だけと言う建前の皇帝が同時に3人立ち、魏、蜀、呉の三国が覇を競った時代です。

曹操、劉備、孫権の名は歴史小説「三国演義」によって中国にとどまらず日本でも良く知られていますが、その「呉」の都が置かれたのが蘇州です。

孫権は『孫子の兵法』の著者孫武(孫子とも称される)の末裔を称していたそうですが本当かどうかは不詳です。

何年か前、年末時に蘇州へ出張し、「孫子の兵法生誕の地」を訪れたことが有る。

穹窿山の奥深くにあり、年末ということもあり人影も少なく幻想的な場所にあった。

途中、道を間違え、中国人民軍の施設に入り込みそうになり、犬に吠えられ、

警備兵に銃を発射されるのではと駆け足で逃げ帰ったことを思い出す。


―正月準備―170106

日本では門松が取れ、正月気分が抜けるころですが、蘇州では旧正月に向け、いろいろな準備が始まります。

今年の春節(旧正月)は28日、工場の従業員は故郷を思い焦がれているころです。

蘇州市部の人口は約538万人、この人口が正月期間中には6分の一になるそうです。日本のTVでも良く見かける中国民族大移動がもう始まっています。

工場関係者に聞いた話。従来は田舎に帰った従業員が正月明けに返ってくるか心配だったが、今年は逆で返ってこなくても良い、何故なら不況で日地減らしをしたいのが本音とか。

写真(今年ではありません)は繁華街、石路の広場の飾り付けや花火を売る店等山塔街の様子。


 

圧巻は通りに堂々と並んでいる干し肉(なんの肉??)

どんなお正月料理になるのでしょうか?・・・・・。



―寒山寺と大晦日―161231

ご年配の方々には懐かしい?「蘇州夜曲」の中にも登場する寒山寺。

今年は日本で大晦日を迎えるが、以前大晦日を蘇州で迎え、寒山寺に行った時の写真を紹介させて頂きます。

寒山寺の由来は唐代、風狂の人寒山がこの地で草庵を結んだという伝承にちなむとされる。

                寒山、拾得の像も祀られている。

中国語では「寒山拾得」を「和合二」または「和合二聖」と称する。両者とも詩作をよくし、

ことに寒山は「
寒山子詩」と呼ばれる多数の詩を残している。

寒山は
文殊菩薩、拾得は普賢菩薩の再来と呼ばれることがあり、また師の豊干禅師を釈迦如来に見立て

、併せて「三聖」あるいは「三隠」と呼ぶ。』(
Wikipediaより)

また境内の各所に張継の七言絶句「楓橋夜泊」を見ることが出来る。

          月落烏啼霜満天、月落ち烏(からす)啼(な)きて霜(しも)天(てん)に満(み)つ

          江楓漁火対愁眠。江楓(こうふう)漁火(ぎょか)愁眠(しゅうみん)に対(たい)す

          姑蘇城外寒山寺、姑蘇(こそ)城外(じょうがい)の寒山寺(かんざんじ)

          夜半鐘聲到客船。夜半(やはん)の鐘声(しょうせい)客船(かくせん)に到(いた)る

除夜の鐘は日本と同じく108撞かれるのか聞いてみたが正確な答えは帰ってこなかった。

これは鐘楼ではなく日本から送られた鐘とともに展示されている鐘。

境内の鐘楼は思いの他小さい。

と思っていたら、隣接地に大きな鐘楼と碑が建てられていた。

高さ8.6m、直径5.24m、重さ10.8tの巨大な鐘が吊るされてれている。



近くには
張継の七言絶句「楓橋夜泊」の巨大な碑。

『寒山寺では、毎年大晦日には除夜の鐘が鳴らされることになっており、その鐘の音を聴くと10歳若返ると言われており、こんにちでは誰が撞き手の一番

手となるかをせりにかける行事が恒例となっている。除夜の鐘を聞きながら新年を迎える行事は、1979に藤尾昭が発起人となって始まった[9]

以後、12月31には日本ばかりでなく、韓国をはじめとする各国の観光客や中国人も大勢参加するようになった。』(Wikipediaより)

境内の鐘と共にこちらの鐘も一番に撞くためのセリが行われているのだろうか?

時代とともに様変わりするのは世の常、とは言うものの残すべきものは残って欲しいですね。


除夜の鐘に続き0時になると一斉に花火が打ち上げられ、床に入ってさあ寝ようとした時に爆竹の音に

びっくりしたことを思い出す。

今年も一斉に花火を打ち上げるのだろうか? 公害対策の一つとして自粛と聞いたような気もするが???

皆様良いお年をお迎えください。

―翡翠の置物―161223

蘇州一番の繁華街「観前街」の中心に位置する「玄妙観」。


その敷地の中で
翡翠の展示販売会が行われていた。



『ヒスイ(翡翠、: jade)は、深緑の半透明な宝石の一つ。東洋中国)、中南米インカ文明)では

古くから人気が高い
宝石であり、以上に珍重された。古くは(ぎょく)と呼ばれた。(Wikipediaより)』


 


蘇州でも骨董市等売られているのを良く見かけるがこれほどの量と大きな物は見たことが無い。

ちなみに一番高い物は・・・

鎖状の加工がされている物が高いそうだ、手間暇が掛かるからなのか?

10万元以上(約160万円)と言っていたが・・・・・。

―今の山塔街―161217

山塘街は全長3.5Kmの町並みで

唐時代の詩人白居易が 蘇州の長官に就任した時、用水路と道路、2つの道を

同時に開通させ、日本でもお馴染の虎丘山(観光ツアーの定番)と蘇州城をつないだ。水路が山塘河、

陸路が山塘街である。

   

山塘街は市内を代表する繁華街、石路に隣接し、古い橋が山塘河を跨ぎ、

古い民家、博物館にもなっている古い会館、古い伝統演劇舞台、凧の専門店、

覗き眼鏡屋?

銀細工の店、古い茶店、仕立て屋、木彫りの店、骨董店、飲食店等が軒を連ねています。

というのが従来の山塔街の紹介・定説と思うのだが今何か違う様相である。

従来のお店の中に下の写真のようなお店が増えているのである。





時代の流れと言えばそれまでだが何か寂しい気がするのは小生だけだろうか?



―過雲摟陳列館―161209

今までも何度か前を通っていたが今回ふと寄ってみた。


蘇州の世界遺産の多くは園林と呼ばれる庭園跡地が多くそれだけ有力者が多く住んでいた証であろう。


今回の過雲摟は小規模的で庭園も無いが蘇州博物館の別館の位置づけのようだ。

過っての住人も実力者の一人であったのだろう。

時には観光客で溢れる庭園よりも入館者も少なくじっくりと観ることができる

このような所も良いものだ。