蘇州情報
 ニットプラン&ポムスの製品はこんこんな古城(まち)でつくられています

―季節の食べ物―191207

 この時季、蘇州で売られている食べ物。

果物も店先に豊富に並べられている。


麺の具には「松茸」


なんといってもこの季節を代表するのが「上海蟹」

市内から北にバスで1時間半位走ると上海蟹の獲れる陽澄湖。



10月が旬と言われるが今の時期には市内のあちこちの店で売られている。

日本では高級中華料理の食材だが現地では大きさにもよるが8元から15元(約130円~240円)位で売られている。


前にも紹介したがこの時期日本には「上海蟹族」なるものが現れると?

用事を作って上海に出張するサラリーマンが増えるとか?


通訳のLさんから茹で上がった蟹を頂いて食べたことがあるが一人部屋で食べるより賑やかな料理店で食べる方が美味しいことは間違いない。



―公園を覗いてみると―191130

ここは蘇州市内の繁華街、石路に有る小さな公園、七里山塔街もすぐ近く。


いつも多くの人で賑わっている。


何をやっているのか覗いてみると・・・



トランプゲーム、将棋に興じる人、それらを熱心に見る人。

土曜、日曜日には数か所でミニ舞台が現れ楽器片手に、マイク片手に熱唱する人も現れ、

それを取り巻いて多くの人が見入っている。

中国では公園、広場と言えば「太極拳」をする人を思い浮かべるが、蘇州では見かけたことが無い。

太極拳の代わり?に社交ダンスをする集団はよく見かける。

夕食後の社交ダンスは健康に良いとの事。



見かけると言えば最近の蘇州には日本でもお馴染みの店ができている。

ファミリ―マート(全家)に続き、ローソンも。


山塔街の近くにはスターバックスが。

看板をよく見ないとそれとは見えないが

日本の京都と同じように街並みに溶け込むような規制が有るのだろう。




こちらは公園と違い若者で賑わっている。



―明月古寺―191123

中国には道教寺院と仏教寺院が有るがこの木涜古鎮、山塔街の中ほどに有るこの寺院は仏教寺院。

















山塔街の人混みが嘘のように静かな佇まい。

唐の時代に建てられたこの寺院、それぞれが新しく感じたがそれもそのはず

「文革」の時に破壊されたが1993年に修復されたのが今の姿。


―木涜古鎮―191109

地下鉄1号線の西の終点「木涜」、ここからバスに乗り換え10分程行ったところに有る。

市内の七里山塔街と似た水路と道路が並行して走り多くの観光客で溢れている。



 

多くの観光客が山塔街だが一歩裏道を覗くとそこは別世界の光景も。

 



 乾隆帝も訪れた景勝地、歴史を感じさせられる「木涜古鎮」である。

―木涜古鎮Ⅱ―191116

先週に引き続き木涜古鎮。

市内中心部に有る七里山塔街は残念ながら今風に模様替えしたお店が増えてしまっているが

こちらの木涜古鎮に並んでいるお店は昔ながらの雰囲気を保っている。













旧跡を見るのも楽しいがお店に並んだものを見て回るのも楽しい。


―白居易と山塔街―191102

 白居易(白楽天)は唐の時代の人で、詩人として日本でも有名。


唐代の玄宗皇帝と楊貴妃のエピソードを歌った「長恨歌」(ちょうごんか)は「源氏物語」にも

影響を与えている長編の漢詩。

この白居易(白楽天)が蘇州の張簡易就任した時、用水路を開削し、道路を築き、

全長
3.5Km蘇州城と虎丘山をつなぐ水陸2つの道を開通させた。






これが現在も多くの観光客が訪れる山塔街。



白居易(白楽天)は詩人としてだけでなく行政長官としても功績を今に残している。


―八仙と七福神―191026

中国人なら知らない人がいないほど有名なのが「八仙」

この群像が蘇州市内の繁華街「石路」の一角にある。


八人の仙人はそれぞれが神通力を発揮する法器を所持している。

漢鐘離(カンショウリ)芭蕉扇  

張果老(チョウカロウ)魚鼓(楽器の一種) 

呂洞賓(リョドウヒン)

李鉄拐(リテツカイ)葫蘆(瓢箪)

韓湘子(カンショウシ) 笛  

藍采和(ランサイワ) 花籃(花かご)

曹国舅(ソウコクキュウ)玉板(玉製の板) 

何仙姑(カセンコ) 蓮の花

全員民間人の出身、庶民でも修行を重ねれば仙人になれるとの親近感が人気の秘密かもしれません。

ところで日本人なら誰でも知っている「七福神」の国籍をご存知ですか?

純粋な日本国籍は恵比須だけ、大黒天は日本とインドのハーフ、寿老人・福禄寿・布袋は中国、

毘沙門天・弁財天はインド。


Wikipediaより)

七福神の代表的な図柄の「宝船」、これは中国の「八仙渡海図」が元になったという説が有力だそうです。




―北塔報恩寺―191019

曹操、劉備と共に三国志の英雄の一人、呉の国初代皇帝の孫権が母親の為に建てた寺。






そこに建つ北塔は76メートルの高さ、中国で一番高いレンガ・木構造の塔だそうだ。


蘇州市内あちらこちらから望むことができ、蘇州の重要なメルクマールとなっている


弥勒菩薩の化身とも言われる布袋様。今までに見た中では一番の大きさです。

 

 

何度か訪れているが観光客の賑わいは無く、ゆっくりと散策することができる。


―蘇州状元博物館―191012


中国では官僚登用の制度として「科挙」という試験制度が隋の時代から新時代の末期まで1300年の長きに渡り存在した。


この科挙制度の最終試験で第一等の成績を収めたものに与えられる称号が「状元」である。


『その合格率は3000倍とも言われる。(日本で司法試験が厳しいと言われてもせいぜい30倍)

1300年の間にトップ合格者は552名、その内30名が蘇州に集中している。』(Wikipedia他より)


『ちなみにこの難関な科挙試験に及第した日本人が1人存在する。

かの奈良時代に遣唐使として吉備真備らと弱冠19歳で長安に留学した「阿倍仲麿」である。

「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」(WEBより)


―蘇州市名人館―191005

 蘇州美術館敷地内の奥まったところに蘇州名人館は有る。



戦国春秋、三国志の時代以前からの蘇州とは切っても切れない歴史上の人物の像から
近代、現代の人物画像・映像まで解説されている
.。



 

 

入ってすぐの部屋では、蘇州の事が理解できるよう三方の壁にスライドで映写され座って見る事が出来る。

   



 

 

訪れた日はウイクデーだったが多くの子供達の姿が有り、夏休み中とのこと。

自分たちの住んでいる蘇州の歴史を勉強するには最適の場所であろう。


―浦東空港植物園?―190928

先週と同じ浦東空港、第2ターミナル。



美術品だけでなく植物園のように多くの木々、草花が飾られている。






ターミナルの端から端まで、手入れするのも大変だろうなと思いながら

鑑賞しました。


―浦東空港博物館―190921

浦東空港は年間利用客数約1億人に上り、その数は成田空港の2倍以上。

今でも拡張工事が続いている。

その第2ターミナルの出発ロビーに数々の美術工芸品が展示されている。

 



 


 

 

これらは展示品の一部

出発時間に余裕が有ったこの日、退屈することなく過ごすことが出来た。

―中秋節―190914

中国では昨日が中秋節(13日)、月を愛でることができたかどうか分かりませんが国民の祝日で多くの工場も3連休です。




昨晩、当地では残念ながら名月を愛でることができませんでしたが

この写真は以前蘇州で見た中秋節の写真です。

そして中秋節と言えば「月餅」。

今回の写真は今年では有りませんがシルク工場の方から送って頂いた月餅と挨拶状です。




「仲秋快楽」中秋節おめでとうと言った意味でしょう。

数年前、この月餅が中国で贈答品として大流行したことを思い出しました。

日本の時代劇でおなじみの、箱の底の小判、商人と悪代官の袖の下に使われた贈り物のように

大きさにより値段が決まっており、ある所に持ち込むと現金に変えることが出来た。

その年は月餅を売る店は大繁盛したとか。

(この時の箱の底には何も入っていませんでした)

今晩は十五夜、名月を愛でることが出来ますように、祈りましょう。


―浦東空港博物館―190907

浦東空港は年間利用客数約1億人に上り、その数は成田空港の2倍以上。

二つのターミナルが中心で今でも拡張工事が続いている。


その第二ターミナルの一番東奥に博物館が有る。帰国の折り偶然見かけて覗いたもの。



入口の前には花壇が。


日本の昭和時代を彷彿させる品々。




裕福な上海人の生活の様子に思えるが??

このターミナルには他に多くの美術品、植物が飾られているがその様子は又の機会に。


蘇州絲綢(シルク)博物館―190831

蘇州の特産品の一つ 絹織物。

この博物館はその歴史を目にすることができる所。






学校の授業に関係するのか?見学者の中には、子供たちの姿も目にする。


子どもの頃を過ごした田舎では通学路に桑畑が有り










蘇州市内ではないが、中国一豊かな鎮(村)と言われる所がある。

蘇州市内からバスで2時間半くらい南に行った所「盛澤鎮」

何度か訪れたことが有るがシルク、ここはシルクに関係した会社が集中しており村どころか大都会である。


―蘇州美術館―190824


久しぶりに訪れたこの日はウイークデーだったせいか来場者も少なくゆっくりと鑑賞できた。



敷地内には蘇州市文化館、蘇州市名人館も有る。

3館とも入場料は無料。

この日展示されていたのがこちら。
















写真では一部しかご紹介できないのが残念です。


―白居易と山塔街―190817

山塔街は全長3.5キロ、唐代の詩人白居易が蘇州の長官に就任した時、用水路と道路を同時に開通させ

蘇州城と虎丘山をつなぎ、水路が山塔河、陸路が山塔街。



往時の面影を残す古い民家、古い橋、会館、伝統演劇舞台、仕立て屋、茶屋が有り、

最近では現代風のお店も進出し(残念な気もするが)いつも多くの観光客で溢れている。









ここを造った白居易(白楽天)は『平安文学に多大な影響を与え、その中でも閑適・感傷の詩が受け入れられた。菅原道真の漢詩が白居易と比較されたことや、紫式部上東門院彰子に教授した(『紫式部日記

より)という事実のほか、当時の文学作品においても、『
枕草子』に『白氏文集』が登場し、『源氏物語』が白居易の「長恨歌」から影響を受けていることなどからも、当時の貴族社会に広く浸透していたことが
うかがえる。』(
Wikipediaより)




山塔街の入口近くの白居易資料館(住居跡???)

蘇州市内の繁華街(石路)に隣接する山塔街は出張の折り、何かと足の向く所です。


―食料品市場―190809

蘇州市内に何か所も市場は有るが山塔街に隣接したここが一番近代的で大きな市場かも知れない。


もともとは山塔街でも観光客があまり訪れない地元の人が住む奥まった所に有ったのが移設されたもの。
(元の場所でもやっているお店も有る)


食材が所狭しと並べられたお店の周りは多くの買い物客で賑わっている。


肉類のコーナー

 

 

魚介類のコーナー



季節のフルーツのコーナー

 

季節の野菜コーナー

 

蘇州市の役所が価格の管理をしているようです。


―蘇州工芸美術博物館Ⅱ―190803





今回は彫刻の数々。


玉の彫刻




象牙の彫刻品


沢山の仏様




硯??

実物を見ると写真では伝えきれないものが感じられます。


―蘇州工芸美術博物館Ⅰ―190727

 連日観光客で溢れる蘇州博物館から10分ほど歩いた所に有る。

入場料は5元(約80円)

展示されている工芸品、美術品は蘇州美術館の展示物と比較しても遜色ないと思える。

博物館は過去のものが展示されているが、ここは現代の作家のものも多く展示されている。


今回はその内の刺繍作品の数々。

『蘇州刺繍は中国三大刺繍の一つでおよそ2500年前、呉の国の時代から盛んに行われていたといいます。
特徴としては、髪の毛よりも細い糸を縫い重ねることで刺繍表面があまり盛り上がらないこと、布地が波たたないこと、またシルク100%の染色糸を使用しており、美しく華やかで気品にあふれています。
作品はすべて手作業で制作していくので、超大作は1年以上の年月をかけて製作されます』http://www.so-bien.com/kimono/brand/sosyuusisyuu.htmlより


入館するとまず出迎えてくれるのが、ご存知「毛沢東」

これも刺繍です。


老人二人





全部刺繍作品です。

すべて手作業で縫い上げるこれらの作品の緻密さは素晴らしい!の一言に尽きます。


―民族楽器―190720

観前街は市内一の繁華街、その中心が道教寺院の玄妙観。

その両脇に東京浅草の仲見世のように並んだお店の一角にこの店を見かけ

覗いてみた。


オカリナに似た楽器は「グーシュン=古 土編に員」と呼ぶそうだ。


店主が奏でてくれた音色はやはりオカリナに近い音、優しい音色だ。


他にも横笛他、数種類の楽器が並んでいる。


蘇州の音楽と言えば「平弾=ピンダン」「崑曲=コンキョク」と思っていたが

もっと庶民的な楽器が有ったのだと、新発見の時でした。

―蘇州の麺―190713

いつも行く近所の薬局で目にした小雑誌に蘇州の文字を目にして読んでみた。


『蘇州の麺料理は有名で、街中には屋台から100年続く老舗まで麺を食べさせる店が数多くある。肉や魚、野菜など具の違いによって多くの種類が有る。誰でもお気に入りの店を持つほど、蘇州の人々の食生活の一部になっている』



『蘇州の麺は細めでつるっとした食感のものが多い。子どもから老人まで食べやすいのも人気の理由だ』

今回観前街のいつもの店で食べたお昼の麺はこちら。




具は、初めてのメニュー北京ダック、30元(約480円)なり。

この店は老舗中の老舗。いつも多くの人で賑わっている。


―陝西省料理―190707

久しぶりにこの店で昼食。


店に飾ってある杵と臼(?)


トマトベースの味で野菜が沢山入っている、麺は幅広、日本の放蕩料理に似ている。

先日甲府に行って放蕩鍋をご馳走になった。

その時の話題を思い出した。

放蕩は中国伝来の料理との事、ワンタンは中国語で馄饨 (フアンタン)

これがホントン、ほうとう(放蕩)になったのではと。



―双塔―190629

蘇州中心地から南東方向にありバスで行ける。

北宋時代(982年・・日本の平安時代)に建てられた羅漢院に建てられた二つの塔で

民間では双塔寺と呼ばれている。




古い町並みの中に有り


二つの塔は東西に肩を並べて聳えており、七段八角の楼閣楓。

木造塔をまねたレンガ塔。





観光客の姿はほとんど見かけない。







木涜古鎮―190615

蘇州市内から南西10Kmほどにある。バスでも地下鉄でも行ける

紀元前、「臥薪嘗胆」、「会稽の恥」の有名な述語が生まれた呉越戦争の時代に登場する街。

週末と言わずいつでも多くの観光客で賑わっている。見所もたくさん有り、一日では回りきれないかも。

 




今回は往時の面影を今に残す、街中で見かけた食べ物、土産物店の様子を。

 

 

 

蓮の花、バラの花もひっそりと

 



―霊厳山寺―190622

木涜古鎮の西に隣接する霊厳山景区中心の寺院が霊厳山寺。

30分から1時間かけて登ると寺院がある。参道はハイキングコースのようになっており多くの参拝者が連なっている。

 今回は登らないで、門前のお店を覗く。

その中で目についたのが、竹細工の店。

竹籠を作る親を見て育った田舎を思い出し、筆立てを一つ買った。